2012年6月26日火曜日

今までの取り組み(スクウェア六甲)

渦森団地17号館で建替え決議を行ったころ、住宅再建に関する新たな相談を受けておりました。
阪神淡路大震災における被害の非常に大きかった、JR六甲道周辺では広範囲で区画整理が行われておりましたが、その周辺地域は区画整理のような具体的事業に向けた法的な網がかけられておりませんでした。
しかし、逆に言うと区画整理地域内は10年越しの事業の中で位置づけられている為、元々住んでいた所に戻ってくるためには長期間待ち続けるしかありませんでしたが、区域外においてはすぐにでも事業着手することができる状況でした。さらに、住宅市街地総合整備事業区域に指定され、共同化事業等する際には補助金が交付される等、事業化促進の政策が取られていました。

そんな区画整理地域外のエリアで、古い長屋が混在する八幡商店街は高齢者や廃業している店が目立つようになっていましたが、阪神淡路大震災により壊滅的な被害を受けました。老朽化したアーケードが設置されていましたが、震災で大きな被害を受け、撤去されることとなりました。
この地は駅に近く、徒歩圏内にほとんどの生活利便施設が存在する商業地域です。しかし、商店街としての活気はすでに失われていました。




この八幡商店街沿いの二階建店舗付住宅5軒長屋が阪神淡路大震災で全壊し、震災直後より神戸市からコンサルタントが派遣され調整しておりましたが、居住者はご高齢の方が多く、震災で倒壊した家屋の下敷きになって背骨を骨折して目が見えなくなってしまった方等もおられ、それぞれが仮設住宅等にバラバラにおられたので意向調整するのに時間がかかっていました。

1軒毎に個別再建するにしても、1軒単位の敷地面積は小さく必要面積を確保しようとすると平屋では難しい状況でした。しかし、地権者はご高齢で、2階建てで住宅再建しても、2階を有効に利用することはできないようでは意味がありません。
結局、この敷地はそのまま放置して市営住宅等に入る事等も検討されていましたが、時間が経つにつれて、やはり住み慣れた場所で長年ご近所づきあいしてきた方々の近くに住みたいという希望が募ってくるばかりでした。


このように、いかなる事業が可能か方針を検討する段階で、地権者間の調整をおこなってきたコンサルタントから相談を受けました。


当該地は商業系の用途地域に位置するため、容積率400%、建ぺい率80%と高度利用することができました。そこで、地権者の希望に応える方法として、等価交換方式により、5軒長屋全体で共同化(マンション化)を図り、保留床を売却することで従前地権者の負担を低減する方針に収束してきました。


当初は一般的な共同再建事業と同様に、事業協力者となるディベロッパーを誘致して事業推進を図る方法を考えていました。
しかし、従前地権者が5軒で、等価交換により建設するマンションが12戸程度では事業規模が小さすぎ、ディベロッパーを誘致すると事業者経費が嵩みすぎて事業性が見込めない事がわかりました。
そもそも、保留床が5戸しかない状況で、ディベロッパーを誘致する必要があるのだろうか?
当時、住宅都市整備公団(現在のUR)にはグループ分譲制度という制度があり、震災復興で自主再建する団体に対する事業援助制度がありました。
これを利用することができないか?
しかし、既に住宅都市整備公団は分譲事業から撤退することが決まっており、保留床がある状態では支援を得ることが難しい状況でした。
保留床があると支援を得られないのであれば、予め保留床の購入者を見つけることができれば、組合施行の事業としてこの制度を利用できるのではないか?
このように考えたときに気づいたのが、これこそまさにコーポラティブハウスであるということです。

そして、震災復興事業として、キューブははじめてコーポラティブハウスに取り組むことになりました。

コーポラティブハウスに取り組むに当たり、過去の事例を調べました。
その結果、今までのコーポラティブハウスのようなやり方で事業化することは不可能であることに、すぐ気づきました。
先述のように、従前地権者はご高齢の方も多く、入院されている方もおられる状況でしたから、議論を戦わせながら合意形成を図ることはできません。
さらに、先行していた渦森団地17号館再建の経験から、直接当事者同士が面と向かって議論を戦わせても、合理的に最良の結論に得ることは難しいと感じていました。
渦森団地17号館の経験から、円滑に合意形成を得るために有効な手段は、公平中立で透明性のある第三者の専門家が関与することと、アンケートの活用であると感じていました。
そして、後に遺恨を残さないようにするには、直接的な討議はむしろ避けるべきであると感じていました。

今までのコーポラティブハウスは、直接的な討議にこそ意義があり、コーポラティブハウスの価値であるかのように伝えられてきました。我々自身も、漠然とそのようなものであると認識していました。しかし、このようにすると度重なる会議での討議が必要となり、一般的には数十回開かれてきたようです。これでは時間が自由になる人でないと参加できません。なにより参加者の負担があまりにも大きすぎます。また、前提となるルール不在の中で議論が行われるので主観の対立が発生しやすくなります。そして声の大きい人や自分勝手な人に議論が振り回されがちで、一般の方が安心して参加するのは困難です。


しかし、良く考えてみると、コーポラティブハウスは、組合施行のマンション建設事業にすぎず、直接的な討議は単なる運営方法の一つでしかない事に気づきました。このように、コーポラティブハウスを捉え直してみると、まったく違う形で、コーポラティブハウスの可能性が見えてきました。そして、具体的にコーポラティブハウスを前提として事業収支を組み立ててみると、全く問題なく本事業でも採用できることがわかりました。

本事業で組み立てたスキームは下図の通りです。
従前地権者の方々は、等価交換により、この土地に建設されるマンションを取得していただきます。面積次第では追加資金も不要で、バリアフリーの最新仕様のマンションに住むことができる組み立てが可能となりました。これこそが、従前地主の方々が希望されていた事です。
この時、従来考えていた一般分譲マンションのディベロッパー収支が、いかに無駄なコストが多いのか痛感しました。

また、事業の進め方に関しても、予め従前地権者の方々の希望内容を確認し、それを反映した計画を組み立て調整した上で、余った区画を保留床として参加者募集することにしました。また、事業運営に関しても参加者が何度も集まって喧々諤々やるようなやり方は取らず、基本的にコーディネイターを公平中立で透明性のある第三者の専門家として位置づけ、アンケートを活用して進めることといたしました。

渦森団地17号館の経験で、自由設計に対するニーズが高いことを実感していました。そこで、本事業では個別に自由設計対応することを打ち出すことにしました。しかし、自由設計対応するのは初めてなので、プランニングの自由度を高める為にスケルトンインフィルの分離を徹底して個別対応できるようにしましたが、仕様に関してはある程度幅のある制限の中で選択肢を設け、選ぶことができるようにしました。




心配していたのは、保留床となる5軒の参加者が決まるかどうかでした。
しかし、その心配は杞憂でした。
区画整理によって、10年単位で事業が進められている地域の方々の中にも、戻ってくるのに10年も待っていることが出来ない方も大勢おられました。
周辺地域に1度だけ新聞折り込みチラシを入れましたが、そのような方々が殺到され、結局1週間程度で保留床となる5軒の参加者が決まりました。

事業運営は、想像以上に順調でした。
予め事業運営に関するルールを詰めておき、意見の割れそうな内容に関しては従前地権者の意向を尊重して、参加者募集の段階で方針を示すようにしておりました。このようにすることで、意見の割れる要素がほとんどなかったことが成功の要因ではないかと思います。特にお金に関する部分については、スタートする時点で、最終段階に至るまで綿密にシミュレーションをしておりました。

そして、ほぼ予定していたコスト、スケジュールで建物は竣工しました。
本プロジェクトも、参加者の皆さんから名称案を募集し、その中から「「スクウェア六甲」に参加者自身によって決定していただきました。
竣工会には、震災で倒壊した家屋の下敷きになって背骨を骨折して目が見えなくなってしまった方も歩いて来られました。住み慣れた所で親しい方々と一緒に生活することができるという希望が元気を取り戻させてくれたという事で、住まいを復興するという事業の持つ本当に大きな力を実感させられました。

竣工会の写真


実際に本事業でコーポラティブハウスを手掛けてみて、今まで伝えられてきたのとは全く異なる可能性があることを確信しました。そして、その可能性は単に震災復興という枠組みの中だけではなく、広く一般化できる可能性があるのではないかと感じました。

これまでのマンションは老朽化すれば、『いずれ建て替えればよい』という事で、あまり長期的視点に立ってのメンテナンス性を重視してきませんでした。現在はマンション建て替え円滑化法など関連法の整備・改正でマンション建て替えは以前に比べて行ないやすくなったものの、住人の合意形成が前提となる事実には変わりはありません。社会的・経済的背景が個々に異なる住人が集まって建て替えを進める事業の困難さは、渦森団地17号館を通じて痛感していました。

従来の市街地再開発事業などは狭小地を集約し共同化することで住環境の改善を果たすことが(事業目的として)考えられてきました。しかし、メンテナンス性も十分に確保されず建て替えも困難であれば、こうして共同化された住宅も長期的には、区分所有という形に、さらに細分化した権利関係が絡み複雑で困難な状況が生み出されているだけに過ぎなくなります。
この歴然とした事実が震災で明らかになった今、これから新しく作るマンションは、実現の可能性が不透明な建て替えを前提とするのではなく、長期的なメンテナンス性に配慮したうえで、適切なメンテナンスさえ行なえばできる限り長期耐用できるマンションづくりを行なう必要があると思いました。もちろん強い耐震性を備えるというのは大前提です。


具体的な建築計画としては、純ラーメン構造(※柱と梁だけで力を負担する構造。そのため自由に壁を配置する事ができる)で計画しました。そして、スケルトン(躯体部分)とインフィル(内装部分)の分離を行い、スケルトン部分は良質なストックとなるべく、十分に堅牢な構造設計を行い、長期的な修繕計画を配慮した材料を選定しました。インフィル部分は将来の住まい方の変化に応じて容易にプランニングを変更できるよう、また設備配管など老朽化に伴い更新する必要のある部分は、容易に更新できるように設計しました。


計画地周辺は将来的に、建物が密集して建つ事が予想されます。そこで、階段とエレベーターを中央に配置し、ワンフロアー2戸配置としたことで、各住戸とも3面開放で、出来る限りの通風と採光を確保、将来的にも快適な住環境が担保されるよう工夫しています。
また、周囲の街並みを考慮し、上層階をセットバックさせることで建物のボリューム感を低減させ、住環境としてふさわしい落ち着いた外観にしています。
さらに、道路に沿った空地を設け、出来る限り植栽を配置。
街並みにゆとりを持たせると共に、潤いのある外部空間が創出される事を期待しています。


スクウェア六甲


エントランスはコンパクトにまとめました。
ここで、マンションのエントランスについて考察しました。
多くのマンションでは立派なエントランスが設けられており、中にはソファーとか設置されているものもあります。
しかし、あのソファーが使われているのを見たことがありません。
同じマンションの人が行きかう所で立ち入った話をするわけにもいかないので当然とも言えます。
しかし、あのスペースを設ける為に、当初の建築費もかかっておれば、家具代もかかっています。維持する為に電気代や空調代、清掃費もかかっています。これらすべてを負担しているのは入居者自身であることを、入居者は自覚していません。
無駄なコストを削減することで、もっと費用を合理化することができるのではないか?
実際、欧米のコンドミニアムでは、高級物件であってもエントランス等は非常にそっけないものは少なくありません。欧米人の合理的思考がそのようにさせているものと推測されますが、日本のマンションのエントランスの無駄な広さや豪華さは、単なる「見得」の可視化に過ぎないと思います。
キューブで取り組むマンションは一般的であるかどうかよりも、本質的であるかどうかを優先順位として高くおいて考えようというコンセプトに基づき、本事業ではコンパクトなエントランスを採用しました。しかし、設計上の演出の工夫により、落ち着いたクオリティーの感じられるものになりました。


スクウェア六甲


スクウェア六甲は自由設計に対する初めての取り組みであるという事もあり、非常に控えめな対応に留めました。その中でも、出来る限り入居者の希望に応えるように対応を行いました。

スクウェア六甲
さらには、このように家全体の壁面を稼働間仕切りとし、利用方法に応じて間取りを変化させることができるような住まいを実現しました。この住まいを設計するにあたり、やはりニーズの多様化は考えていた以上に進んでおり、多様化したニーズに応える住まいの提供が期待されていることを実感しました。


スクウェア六甲
これは上層階で計画したメゾネット住戸です。
マンション最大のメリットがバリアフリーである点だと考えていたのですが、このように空間を立体的に利用するニーズも存在することに気づかされました。

スクウェア六甲
 ディベロッパーが分譲マンションを計画する際、どうしても利益確保のため事業リスク低減を前提にしたマーケティングに陥りがちで、結果として最大公約数的な商品企画とならざるを得ません。このようなマーケティングの結果は、実は公約数では計りきれない失われた顧客の存在を無視しています。これに対してコーポラティブハウスは、従来のマーケティングではとらえきれない潜在需要を掘り起こし、事業化するのに適していると実感しました。




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